・第37回全日本医師テニス 山口大会 2010年
平成22年10月9日(土)−11日(月祝)(宇部市 宇部中央公園テニスコート)
優秀な成績を残された大阪府医師テニス協会 関連の先生方
・第36回全日本医師テニス 広島大会 2009年
平成21年10月10日(土)−12日(月)(尾道市 びんご運動公園)
優秀な成績を残された大阪府医師テニス協会 関連の先生方
・第35回全日本医師テニス 兵庫大会 2008年
テニスと私 〜全日本医師テニス大会に参加して〜
飯山佳英子(宝塚市 飯山内科クリニック)
・第34回 全日本医師テニス 三重大会 2007年
全日本医師テニス大会の楽しみ 2007年11月2日(金)〜4日(日)
原統子(摂津市 香梅会マツイ医院)
☆第46回スポーツ予防医学研究会 全日本医師テニス 北海道大会 2019年9月14日(土)〜16日(月・祝)
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☆第43回スポーツ予防医学研究会 全日本医師テニス 埼玉大会
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大阪府からの参加者の成績優秀者 <第一日 ミックスダブルス>
<第3日 シングルス>
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2014年10月11日(土)・12日(日)・13日(月祝)
福岡県医師テニス協会の主管で、10月11日から13日ま で、テニス大会は博多の森テニス競技場・九州国際テニスクラブ、スポーツ予防医学研究会はホテルニューオータニ博多で開催いたしました。“マナーと新しい 風”をメインテーマのもとに、テニス大会には全国より439名の参加登録をいただき、実行委員一同、張り切って準備につとめてまいりました。 第41回全日本医師テニス福岡大会・スポーツ予防医学研究会 会長 鷺山和幸 (日本医師テニス協会 ホームページより) |
大阪府医師テニス協会 関係者の戦績 <第1日 ミックスダブルス> 医師ミックス115歳以上 準優勝 深水良(熊本)原統子(大阪) <第2日 ダブルス> 男子80歳以上 準優勝 川島長利(大阪)高城節守(鹿児島) ベスト4 岡島英五郎(大阪)東徹(兵庫) 男子75歳以上Aクラス ベスト4 星野嘉明(大阪)萬谷雅宣(大阪) 男子65歳以上Aクラス 優勝 江本敬(大阪)内田朝日己(兵庫) 男子60歳以上Aクラス ベスト4 梅田信一郎(大阪)池村辰夫(兵庫) 男子55歳以上Aクラス ベスト4 原文雄(大阪)中村光治(愛知) 女子オープンクラス ベスト4 橋本朋子(京都)原統子(大阪) 女子55歳以上 優勝 前田育子(大阪)奥野妙子(東京) 医師夫人55歳以上 優勝 蒲原由美子(大阪)伊達規子(広島) <第3日 シングルス> 男子80歳以上 準優勝 川島長利(大阪) *台風接近のため、最終日はほとんどの関西以北の方はW.O.でした。 |
医師ミックスダブルス115歳以上:原文雄(大阪)・梅原美恵子(山口):優勝 ![]() 医師ミックスダブルス100歳以上:伊東亮助(岩手)・橋本朋子(京都):準優勝 |
男子ダブルスオープン:一ノ名 巧(大阪):ベスト4 男子80歳以上:川島長利(大阪):準優勝 ![]() 男子75歳以上A:星野嘉明(大阪):優勝 ![]() 男子70歳以上B:萬谷雅宣(大阪):優勝 ![]() 男子65歳以上A:奥 正之(大阪):ベスト4 男子50歳以上A:新井永達(大阪):ベスト4 女子オープン:橋本朋子(京都):ベスト4 |
男子80歳以上:岡島英五郎(大阪):3位 川島長利(大阪):4位 男子70歳以上A:星野嘉明(大阪)・萬谷雅宣(大阪) :ベスト4 ![]() 男子55歳以上A:柴田三千夫(栃木)・原 文雄(大阪):準優勝 ![]() 女子オープン:橋本朋子(京都)・亀津絵里(神奈川):優勝 ![]() 女子55歳以上:柴田敦子(栃木)・原 統子(大阪):準優勝 医師夫人60歳以上:中井恵美(京都)・奥 優子(大阪):ベスト4 |
医師ミックスダブルス115歳以上:原文雄(大阪)・柴田敦子(栃木):優勝 上月清司(兵庫)・橋本朋子(京都):予選3組 準優勝 医師ミックスダブルス115歳未満:千葉喜代志(青森)・原統子(大阪):準優勝 岩田次郎(千葉)・上癡T子(大阪):予選2組 2位 夫婦ダブルス130歳以上:奥正之・奥優子(大阪):予選2組 2位 夫婦ダブルス115歳以上:大塚志郎・大塚純子(大阪):予選1組 2位 夫婦ダブルス115歳未満:畑直成・畑美奈子(大阪):予選1組 3位 |
男子ダブルスオープン:関係者の参加なし 男子ダブルス80歳以上:川島長利(85歳 大阪府):4位 川上勝朗(85歳 大阪府):6位 男子ダブルス75歳以上A:近藤元治(京都府)・田畑栄造(千葉県):優勝 男子ダブルス70歳以上A:星野嘉明(大阪府)・萬谷雅宣(大阪府):3位 男子ダブルス65歳以上A:奥正之(大阪府)・本庄昭(兵庫県):予選2組3位 男子ダブルス60歳以上A:山村喜一(京都府)・星野俊(奈良県):予選2組2位 江本敬(大阪府)・塩飽徳行(福岡県):予選2組3位 男子ダブルス55歳以上A:原文雄(大阪府)・津田義三(兵庫県):優勝 玉置公一(京都府)・池村辰夫(兵庫県):予選1組4位 男子ダブルス35歳以上A:新井永達(大阪府)・藤原裕和(奈良県):予選1組2位 男子ダブルス35歳以上B:大塚志郎(大阪府)・畑直成(大阪府):3位 女子ダブルスオープン:橋本朋子(京都府)・飯山佳英子(兵庫県):優勝 上癡T子(大阪府)・林加野子(広島県):予選2組3位 女子ダブルス55歳以上:原統子(大阪府)・柴田敦子(栃木県):3位 前田育子(大阪府)・林節子(大阪府):予選2組3位 医師夫人ダブルスオープン:大塚純子(大阪府)・畑美奈子(大阪府):3位 |
男子シングルスオープン:山村喜一(京都府)、西村東人(大阪府) 男子シングルス80歳以上:岡島英五郎(大阪府)、川上勝朗(大阪府)、川上長利(大阪府) 男子シングルス75歳以上A:近藤元治(京都府):優勝 星野嘉明(大阪府):3位 男子シングルス70歳以上B:萬谷雅宣(大阪府):準優勝 男子シングルス65歳以上A:奥正之(大阪府) 男子シングルス60歳以上A:江本敬 男子シングルス55歳以上A:玉置公一(京都府)、原文雄(大阪府) 男子シングルス50歳以上A:新井永達(大阪府):3位 女子シングルスオープン:橋本朋子(京都府):3位 上癡T子(大阪府) 女子シングルス55歳以上:前田育子(大阪府):3位 原統子(大阪府) |
全日本医師テニス大会へのお誘い 中村 光治 (愛知県) いつもお邪魔させていただいています名古屋の中村光治です。 小さい時からけちんぼで、何でも貯めこむ癖があり、マッチのレッテル集めに始まり、 残念ながら現金だけはなかなか貯まりませんが・・・ そんなわけで全日本医師テニス大会の記録も自分のみならず参加者全員の記録を保管して 先日は江本会長から歩くアーカイブとの嬉しいニックネームまで頂戴いたしました。 皆様方が老いて呆けて過去の栄光の記憶が薄れても、私が生き証人として皆様の栄光を ひょっとしてあれは上手い人だけが参加する大会なんて思っている人がいたら大間違い 自慢じゃありませんが私達夫婦は3年間で一度も勝ったことがありません! それどころかゲームすらほとんど取れたことがありません!緊張からか、2年連続で どうぞ、自分は下手くそだからと思っている人こそぜひご参加ください。そしてできま 今年のお仲間の活躍ぶりも数々拝見いたしましたがとても掲示板に書ききれるものでは 再来年は大阪で皆様のお世話になることが決定しました。 その前に雰囲気に慣れていただくのがよろしいかと思います。 ぜひ来年の熊本大会でお会いしましょう。 期日は11月23日から25日までの3日間と決定しております。 ひとりでも多くの先生方がこの掲示板を見てご参加いただけますよう、そして私を |
中村 光治 (愛知県) 大阪府医師テニス協会の皆様こんにちは いつもお邪魔させていただいています名古屋の中村光治です。 2000年に名古屋で大会を開催させていただいた時に庶務をした関係で全国 の多くの先生方と知り合うようになりました。また2003年からの大会記録 を私のHPに掲載していますので興味のあります方はご覧になってください。 私は昭和50年東京医大卒で現在61歳になります。 大学に入学してから硬式テニスを始め、以来ずーとのめり込んでいます。 皆様方が老いて呆けて過去の栄光の記憶が薄れても、私が生き証人として皆様の栄光を 記録と記憶に留めさせていただきます。どうぞ安心して全日本医師テニス大会にご参加下さい。
今年の千葉大会でのご当地の先生方の活躍ぶりも数々拝見いたしました。江本会長は計算しつくされたアンダーハンドサービスで熊本の雄、深水良先生を苦しめましたし、原統子先生も青森の千葉喜代志先生とのミックスダブルスで決勝トーナメントに進出し、決勝戦では小林美由希・杉山賢明の31歳ペアに対して堂々の戦いを挑み、多くの観衆の感動を誘っていました。といいますのも、小林美由希先生は一時は真剣に女子プロになろうと考えたほどの腕前で、間違いなく千葉大会随一の選手だったからです。また、男子ダブルス55歳以上Aクラスの津田義三・原文雄対矢住孝昭・菊池宏樹選手の準決勝戦は壮絶な戦いでした。全員が故障を抱えながらも意地と意地とがぶつかり合い、5−5の40オールから最後は菊池選手のリターンを原先生がポーチで仕留めてゲームセットとなりました。優勝請負人との別名を持つ原文雄先生の勝負強さに改めて感服した次第です。 平成25年には大阪で皆様のお世話になることが決定しました。その前に雰囲気に慣れていただくのがよろしいかと思います。ぜひ次回の熊本大会でお会いしましょう。期日は平成24年11月23日から25日までの3日間と決定しております。ひとりでも多くの先生方が私の文章に触発されご参加いただけますよう、そして私を見かけましたらお声をかけていただきますよう楽しみにお待ちしています。 平成23年11月 中村 光治 記 |
医師ミックス115歳以上 優勝:柴田三千夫(栃木)・原統子(大阪正) 医師ミックス100歳以上 準優勝:津田義三(兵庫)・橋本朋子(京都・大阪名誉正会員)
3位:原文雄(大阪正)・柴田敦子(栃木)
夫婦ミックス130歳以上 準優勝:中井吉英(京都・大阪準)・中井恵美
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男子ダブルス80歳以上 3位:川島長利(大阪正)、川上千年(大阪) 男子ダブルス75歳以上 準優勝:岡島英五郎(大阪正)・平岡玄次(三重)
男子ダブルス70歳以上 3位:近藤元治(京都・大阪名誉正会員)・田畑栄造(千葉)
4位:星野嘉明(大阪正)・萬谷雅宣(大阪正)
男子ダブルス65歳以上B 準優勝:中井吉英(京都・大阪準)・末次基洋(福岡)
男子ダブルス45歳以上A 4位:小西正人(大阪正)・山田修(大阪正)
男子ダブルス35歳以上A 3位:新井永達(大阪正)・平杉嘉平太(京都)
男子ダブルス35歳以上B 4位:榎本栄朗(滋賀・大阪準)・神部賢一(京都)
女子オープン 準優勝:深水陽子(熊本)・橋本朋子(京都・大阪名誉正会員)
女子55歳以上 3位:林節子(大阪正)・前田育子(大阪正)
4位:柴田敦子(栃木)・原統子(大阪正)
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男子シングルス80歳以上 準優勝:川島長利(大阪正)
ベスト4:川上千年(大阪)
男子シングルス75歳以上B ベスト4:東原康雄(大阪正)
女子シングルスオープン ベスト4:橋本朋子(京都・大阪名誉正会員)
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平成21年10月10日(土)−12日(月)
(尾道市 びんご運動公園)
<優秀な成績を残された大阪府医師テニス協会 関連の先生方>
(正) ;正会員 (名誉) ;名誉正会員(大阪在勤在住以外で正会員登録してくださっている先生) (準) ;準会員 <医師ミックスダブルス115歳以上>:準優勝:柴田三千夫(栃木県)・原統子(正)
<医師ミックスダブルス100歳以上>:優勝 :原文雄(正)・津田桂枝(兵庫) ベスト4:今村正之(正)・上杉裕子(正) <医師ミックスダブルス100歳未満>:優勝 : 平杉嘉平太(京都)・橋本朋子(名誉) 3位 : 奥順介(大阪)・吉村久美子(高地) 4位 : 森琢児(正)・井上由紀子(大阪) <夫婦ミックス115歳以上>: ベスト4 : 奥正之(正)・奥優子
<男子ダブルス80歳以上>:準優勝 :川上勝朗(準)・川上千年(大阪)
<男子ダブルス70歳以上>:ベスト4: 星野嘉明(正)・萬谷雅宣(正) : 近藤元治(正)・田畑栄造(千葉)
<男子ダブルス65歳以上B>:ベスト4: 中井吉英(準)・末次基洋(福岡)
<男子ダブルス60歳以上B>:優勝 :神原幹司(準)・梅田信一郎(正) 準優勝 :飯田武雄(正)・黒木悟(広島)
<男子ダブルス45歳未満A>:優勝 :横山晴一(名誉)・平杉嘉平太(京都) ベスト4:渡瀬誠(正)・森琢児(正)
<女子ダブルス55歳以上>: 準優勝 :柴田敦子(栃木)・原統子(正)
<男子シングルスオープン>:ベスト4:吉崎堅一(大阪)
<男子シングルス80歳以上>:準優勝 :川上勝朗(準) ベスト4:川上千年(大阪)
<男子シングルス70歳以上A>:ベスト4 :近藤元治(正)
<男子シングルス70歳以上B>:ベスト4: 萬谷雅宣(正)
<男子シングルス65歳以上B>:ベスト4: 飯田武雄(正) 中井吉英(準)
<男子シングルス45歳以上A>:ベスト4: 山田修(正) 新井永達(正)
<女子シングルスオープン>:ベスト4: 橋本朋子(名誉正) |
平成20年10月11日(土)−13日(月) (神戸総合運動公園テニスコート・幸せの村テニスコート)
テニスと私 〜全日本医師テニス大会に参加して〜
…………………飯山佳英子 (宝塚市 飯山内科クリニック)
宝塚で内科をしております飯山佳英子です。 大阪府医師テニス協会には開業前から参加させていただいており、諸先生方にはいつもお世話になっております。 テニスとの出会いは子供の頃、母の影響です。母は高校のときに当時は珍しかったらしい硬式テニス部に所属し、1年生でありながらメンバーに選ばれ、大阪府団体戦で優勝したそうです。少し子供の手がかからなくなったころから母はテニスを再開し、よく大会に出ては賞品を持ち帰っておりました。何だか楽しそうだったので、私もおねだりをして小学5年生からスクール通いを始めました。幸運にも中学校に硬式テニス部があったので迷わず入部、3年間テニスを満喫(?)しました。この間、母と何度か試合しましたが、全くかないませんでした。いまだに(自分がオバサンになっても)オバサマとの対戦は苦手です・・・高校では受験があるから、とまたしてもスクールに逆戻り、適当に遊んでいましたが、大学でまた硬式テニス部に入部しました。何だかんだと厳しい練習をこなし(たのかどうか、先輩方にお聞きしないと・・・)6年間続けることができました。楽しいことばかりではなく、よく泣いていましたが、最後の西医体ではダブルスは全勝したのは良い思い出になりました。(チームは3位でした) 卒業と同時にもうテニスはいいかな、とゴルフに熱中し、そこそこのスコアーをあげられるようになりました。結婚相手がまた無類のゴルフ好きで、留学中は少しでも時間があればそれゴルフ、夏休みも当然ゴルフ旅行、冬はスキーだ、としばらくテニスからは遠ざかっておりました。アメリカには無料のテニスコートがたくさんあったのに、今思えば惜しいことをしました。帰国後、自宅近くにインドアテニススクールができた(しかも託児つき!)のをきっかけにテニスしてみようかな、と再開しました。はじめはとにかく体力がない、準備体操ですでにぐったり。スクールに来ている人たちは毎日テニスしているようなオバサマ達が多く、どうしたものかと戸惑いましたが、しばらくすると慣れてきて、どんどん欲がでてきました。そろそろOB戦に行っても学生さんと対等に試合できるかな、と思い始めた頃、土肥美和子先生から誘われて大阪府医師テニス協会のダブルス大会に参加しました。試合をするとさらに欲が出て、もっと上手になりたい、昔のようなテニスができないかな、と思うようになりました。それまではいわゆる「女ダブ」が上手になれるかと、苦手だったボレーを中心に平行陣の練習ばかりしていたのですが、どうも居心地が悪く、無理やり前に出ている、という感じでした。そのうちボレーが嫌いでなくなりストロークにも自信がついて、試合の流れの中で雁行も平行も使えるようになりました。昔と違って勝っても負けても楽しい(負けず嫌いは相変わらずですが)、一日中テニスしてもあきませんが、体力がなかなかついてこないのが最大の問題でした。大好きな原統子先生や橋本朋子先生が「全日本医師、楽しいよ。」と誘ってくださいましたが、子供がまだ小さかったのでそこへ到達するのはいつのことか、と思っていました。でも本当に楽しそうだな、と羨ましく思ったり、3日間もテニスする体力はないなあと思ったり、そんなにテニスが好きでもないかなと思ったり・・・ 年に何度か医師会の大会に参加しながら、一般のレディースにも参加して、細々と試合勘をつないでいましたが、今年の夏の兵庫県大会で私のテニスを見ておられたある先生が「大阪医大の伝統のテニスしてるねえ。」とおっしゃっていました。戻ってきたなあ、やればできるんだなあという自信にもなりました。 ![]() ![]() 念願かなって昨年初めて全日本医師テニス大会に参加しました。初日のミックスダブルスのみの参加だったのですが、聞いていたとおり楽しかったです。一年間の準備の後(一応試合に向けて走ってみたり、プライベートレッスンを受けてみたりして準備しました)、今年は神戸で開催ということもあり、ミックスダブルス、女子ダブルス、女子シングルスとフル出場に挑戦しました。最近はミックスダブルスが一番面白いなあと思っているのですが、一番難しいのもミックスかもしれません。なかなかトップにはなれませんが、経験を重ねていつか優勝できたら・・・と思っています。 二日目、津田桂枝先生に組んでいただき、女医ダブルスオープンクラスで優勝できました。ダブルスは作る楽しみがあります。一緒にチャンスを作り、そのチャンスをものにする、今回は試合の中でそれを実感することができ、本当に楽しい大会でした。晴天の下、一日中テニスができ、西医体を思い出しました。三日目のシングルスは心配していたよりも元気で臨めましたが、気力に少し問題がありました。次への大きな課題です。 たくさんの先生方とお知り合いになれたのも大きな収穫でした。遠征するのはなかなか難しいですが、またチャンスがあれば参加したいと思います。次は苦手なシングルスももう少し頑張ってみようかな・・・宿題ということにしておこうと思います。 今は自分の目指す(美しい?)テニスに一歩でも近づきたい気持ちが強いです。もちろん勝てればより楽しいのですが、勝つこと自体が目的ではないので、今からでもまだまだ上手になれるんじゃないかな、と密かにいろいろ練習してみたりしています。再開後、腰や膝をいためて寝返りを打つのが怖い時期もありましたし、昨年はエルボーのため、ラケットを変えました。これからは筋トレもしてみようかな、もっと体力つけなきゃね、などど、学生時代に大嫌いだった基礎トレーニングにも眼を向け、故障せず、もっと楽しめるよう、そしていつかは世界医師大会にも出場できるよう、テニスを続けていきたいと思っています。 |
<優秀な成績を残された大阪府医師テニス協会 関連の先生方>(太字)
(正) ;正会員 |
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<医師ミックスダブルス100歳以上> 準優勝 : 原統子(正)・柴田三千夫(栃木県) 3位 : 橋本朋子(名誉)・隈博政(福岡県) <医師ミックスダブルス100歳未満> |
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<男子ダブルス55歳以上A> <男子ダブルス50歳以上A> <男子ダブルス45歳以上> <女子ダブルスオープン> 優勝 : 飯山佳英子(名誉)・津田佳枝(兵庫県) |
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<男子シングルス70歳以上A> <男子シングルス70歳以上B> <男子シングルス65歳以上B> 準優勝 : 中井吉英(準)
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2007年11月2日(金)〜4日(日) 全日本医師テニス大会の楽しみ
原統子 (摂津市 香梅会マツイ医院)
テニスがあって 幸せ! 年に1度の全日本医師テニス大会に参加することを目標に練習しています。テニスで得た人間関係が、仕事の上でとても役に立っています。テニスがあって本当に幸せです。 2007年11月の全日本医師テニス三重大会も最高でした。毎年懐かしい顔に合えるのが嬉しい!!笑ってしゃっべって、ドキドキしながら参戦して・・・。皆様も是非この素敵な体験をされませんか?私の知っている 全日本医師テニス大会の詳細をお伝えしたいと思います。 |
「2004年 北海道大会」 |
「2007年三重大会 懇親会」 |
私は“原文雄の嫁”、原統子です。私は大学からテニスをはじめ、一応硬式庭球部に所属していました。当時の医学部女子はシングルス2本とダブルス1本で対戦していました。レギュラーは初心者の私と堀あいこさん。旧姓山田のあいちゃん。ご存知の方も多いと思います。クリスエバートの様な美しいストロークの持ち主でした。私が相手校のNo1に当たる玉砕戦法で残りの単複2本を取って近畿大会に優勝するという快挙もありました。卒後、私は小児科医になることを選びました。病院に住んでいるような研修医時代を経て大学院に入り…さらに2人の娘が生まれ、育児と仕事!と、テニスと無縁の生活になってしまいました。 |
時折テニスをする機会があった主人とは違い、私は完全にテニスを忘れていました。自転車乗りのように、子どもの頃にやったことは忘れないといいますが、大学に入ってから始めたテニスは体に染み付いていなかったのです。若かった学生時代、走る事だけは自信が有りました。その足が衰え、ストロークは完全崩壊!です。あまりの悲惨さに悔しくて、何度も涙にくれながら週に1度のクラブ通いが始まりました。再開半年後、初めて大阪府医師テニス大会の混合ダブルスに主人と参加しました。決勝戦で勝負が煮詰まって来た時の最悪の経験!その後、悪夢を何度も見たものです。「さわるな〜〜〜〜!!ネットに張り付いて動くな〜〜〜!」と叫び、必死の形相で走る旦那。。。。。。。。。。。。 いろんなことがありました。再開当初は 辛いことのほうが多く、今さら練習してもどうしようもないんじゃないかと、何度も挫折しかかりました。でも、今はテニスが楽しくて仕方ありません。この年になってもテニスは“上手く”なれるのです。“強く”なるのは ちょっと難しいですが・・・。そりゃ若いときのように思い通りに体は動いてくれませんし、やれエルボーだ、やれ30肩、40肩(整形の先生が嫌がる表現かしら?スキー外傷後遺症で、その後何度も痛くなりました)、そして50肩、膝やらアキレス腱付着部炎やら、よくもまぁ次々と悪くなるものだとあきれながら、体と付き合っています。そんな状態でも、出来なかったプレーを少しずつ習得する喜びは、かけがえの無いものです。 人間関係も医療の枠を超えて 幅が広がりました。練習をつけて下さるおばさまたちとの楽しいおしゃべりとおやつも癖になります。素晴らしいコーチや、プロ選手とも知り合うことができました。 |
「オープンクラス」 |
「シニアクラス」 |
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![]() 「医師ミックス」 2日目はダブルスの日です。男性に比べ女医さんの参加人数が少ないため、女性は今年もオープン・55歳以上の2つに分けられたのみでした。もっと多くの参加があればクラスも細分でき、年齢による ハンディーを軽減できます。是非皆様、ご参加下さい。 |
「2007年 三重大会 女性医師オープンシングルス決勝戦」 |
3日目はシングルス。女子は今年、オープン・55歳以上・65歳以上の3組に分かれました。 疲れもピークですが、皆集中力を高めて走ります。今年の女性医師オープンクラスの決勝戦は、埼玉の仲本なつ恵先生と大阪府名誉会員の橋本朋子先生という実力者同士の対戦でした。見ごたえのある素晴らしい内容でした。ナイスラリーの連続で観客席から何度も感嘆の溜息が聞かれました。いい試合を見て、来年はもう少し近づけるように頑張ろうと気持ちを新たにしました。また男性のオープンクラスも若手のピチピチした選手の参加が増え、盛り上がったそうです。そうでなくっちゃね!若い先生方どんどん参加してください。 |
私の初体験はH12年の名古屋大会でした。女子医師ダブルスとシングルスに参加しました。組んでいただいた橋本朋子先生のパワーとビギナーズラックで当時の女子医師Bクラスで優勝できました。優勝したので、上のオープンクラスでH14年から又優勝を目指しました。H17年の佐賀大会でやっとその夢がかないました。朋ちゃん有難う! |
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全日本医師テニス大会では数多くの女医さんの名プレーヤがいらっしゃいます。先輩たちの勇姿に憧れる私としては、皆様にお目にかかれるのが本当に楽しみです。中でも島根県の中村倭文子先生!初めてお目にかかった名古屋大会当時70うん歳、背筋がまっすぐで、ウオームアップウェアーを脱がれると凛々しいショートパンツ、すらりと長い足で小気味よく走られ、素晴らしかった。今年80歳になられた先生のように健康で、強く、美しく年を重ねたいものです。 |
今年の私の戦績です。80点以上の成績かな!?
☆医師ミックス:昨年に続き、栃木の柴田三千夫先生に組んでいただき3位でした。三千夫先生は元インカレベスト8の名選手です。今年も男子ダブルス60歳以上Aにてお兄様と組まれて優勝、男子シングルス60歳以上Aでも優勝されました。私のミスにも鷹揚で全く気にせぬそぶり、威力のあるショットや技を駆使したショットで魅了してくださいました。昨年我々は、私の旦那と柴田先生の奥様、敦子先生組に負けて準優勝でした。今年は予定通り?予選リーグを2位で突破し、決勝トーナメント出場。しかし2回戦で旦那と熊本の深水陽子先生の組に当たり、5−6で負けました。6ゲーム先取の5−5、私のサービスゲームで30−0になった時のダブルフォールトが運命の分かれ道、40−40に追いつかれ落としてしまいました。三千夫先生ごめんなさい。以前、北海道大会医師ミックスで優勝させてくれた旦那が私の天敵のようです。。。。 | ![]() 「2007年 三重大会 シングルス優勝の柴田先生 会長の大石先生と」 |
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☆女子ダブルスオープン:栃木の柴田敦子先生に組んでいただき3位!敦子先生とのダブルスも2回目です。今年はウェアーをピンクのお揃いにして参戦しました。ペアルックなんて何年ぶり?それだけで気持ちが盛り上がります。予選リーグを勝ちあがり決勝トーナメントへ!そこでほっとしたのもつかの間、準決勝で橋本先生・桂木先生組に負けてしまいました。でも昨年より我々のダブルスも成長したと思います。敦子先生とのダブルスは楽しい!栃木と大阪は離れていますが、来年に向けイメージを膨らませながら練習します。 |
☆女子シングルスオープン:シングルスというものは、はっきり言って楽しくありません。 「そんなしんどいもの出たくないわ」というのが本音です。全日本医師テニス大会ではミックス、ダブルス、シングルスの3種目のうち1つだけに参戦しても3種目全部に参戦しても値段が同じなので、もったいないので出ようかと、挑戦し始めました。人に迷惑をかけないという意味では楽なのですが、シングルスで勝つというのは、肉体的にも精神的にも本当にきつい!「これはお産の苦しみと一緒や!2度と経験したくな〜い」と終わったときに思います。試合前の緊張感、冷や汗は他の種目とはちょっと違うものがあります。でも、それを心地よい汗に変えようと思い直して試合に入りました。連日の疲れと、2ヶ月前くらいから痛くなっていた肩の古傷が痛みましたが、アドレナリンが出てくると意外と忘れるものです。それに鎮痛解熱剤と芍薬甘草湯も威力がありました。キネシオのテーピングも大切です。知っていることをみんなして、私としては初めて考えながら試合をすることが出来ました。2回戦で、またまた橋本朋子先生に気持ち良くやられちゃいましたが。。。 |
最終日後半、坂井利郎プロ・平井健一プロ対、今年の国体優勝の若手徳丸真史選手・金山敦思選手の8ゲームプロセット設定のエキジビションマッチを見ました。経験・技術に勝る坂井・平井プロと、スピードとパワーの徳丸・金山選手の対戦は追いつ追われつして8−8に、そしてタイブレーク8−6で決着しました。流石にきわどいショットの応酬が続き、エキジビションの和やかさの中にも意地っ張りなテニスマン性格が見え隠れし、見ごたえのある試合でした。 |
今年の三重大会で活躍された大阪府医師テニス協会関係の方々をご紹介させていただきます。
(敬称略、太字が大阪府医師テニス協会関係者)
<ミックスダブルス>
☆医師ミックスダブルス100歳以上 橋本朋子(名誉会員)・大石基夫(三重):3位 原統子・柴田三千夫(栃木):3位 ☆医師ミックスダブルス100歳未満 飯山佳英子先生(名誉会員)・亀井滋(兵庫):準優勝 |
<公式戦ダブルス>
☆オープンクラス 中村正和・加藤正隆(愛媛):3位 ☆男子ダブルス80歳以上 川島長利・原田正弘(広島):優勝 ☆男子ダブルス60歳以上Aクラス 奥正之・本庄昭(兵庫):3位 ☆男子ダブルス55歳以上Bクラス 梅田信一郎・神原幹司:準優勝 ☆男子ダブルス 50歳以上Aクラス 玉置公一(名誉会員)・堀士雅秀(京都):準優勝 ☆男子ダブルス50歳未満Aクラス 新井永達・仁科哲彦(兵庫):準優勝 横山晴一(名誉会員)・亀井滋(兵庫):3位 ☆女子ダブルスオープンクラス 橋本朋子(名誉会員)・桂木昌子(東京):優勝 原統子・柴田敦子(栃木):3位 |
<公式戦 シングルス>
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☆男子シングルス 80歳以上 川島長利:3位 ☆男子シングルス 70歳以上A 星野嘉明:優勝 福田眞輔:3位 ☆男子シングルス55歳以上A 玉置公一(名誉会員):3位 ☆男子シングルス 55歳以上B 梅田信一郎:3位 岩井泰博:準優勝 ☆男子シングルス 50歳未満A 山田修:3位 ☆女子シングルス オープン 橋本朋子(名誉会員):準優勝 上杉裕子:3位 ☆女子シングルス 55歳以上 前田育子:3位 |
*名誉会員:大阪府以外の先生で大阪府医師テニス協会 協会員になってくださっている先生
「勇壮な諏訪太鼓の演奏」 |
![]() ![]() 「懇親会での坂井プロ 平井プロ」 |
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標記の大会は、毎年全国主要府県の持ち回りで秋に開催されており、各年齢階層別にシングルスとダブルス両種目でトーナメントまたはリーグ戦形式で 優勝が争われます。今回は、9月16日から3日間、高松市の香川県営総合運動公園テニス場で行われました。出場者は任意自由参加ですので各府県での予選な どで勝ち抜いた代表者という訳ではありません。それでも、毎年全国どこの都市へでも遠征して参加することは、並々ならぬ熱心さと平素からの健康保持が出場 の条件となります。小生も毎年殆んど欠かさず参加して数多くの入賞を果たし、3位以内のトロフィーは飾り場所に困るほどたまりましたが、優勝というのは 65歳の時に熊本で一度果たしたのと今回とで2度目ですので、もうそろそろ集大成かなぁと思っております。 |
今回のダブルスのパートナーは大阪市北区医師会の川島長利先生(小生共々今年80才になった同志)でしたので年齢的には最若手組と目さ
れ、一応警戒はされていたと思いますが、我々二人どちらもほどほどの下手さ加減で意気投合した結果ダブルスを組んだチームですので並み居る強豪4チームと
戦っての優勝は予期しない結果でした。
我ながら良くやったものだと自賛しています。 「継続は力なり」「継続のための糧は向上心」「達成感が究極のなぐさめ」ということを感得出来たことが大きな収穫です。 |
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今年(平成18年)の全日本医師テニス大会は、香川県総合運動公園テニス場で、9月16日(土)、17日(日)18日(月。敬老の日)に開催されました。 私は幸運なことに70歳以上のシングルス(A)で優勝することが出来ました。 10年位前からこの大会に参加して、今度で8回目ですが、ベスト4(3回)が今迄の最高の成績でした。今年は70歳のクラスに入る年なので、チャンスだとは思っていましたが、優勝できたのは、全くの幸運でした。 * * * * * * * * * * * * 今年の春頃から両手の手関節や、中手骨の関節が痛んだり治ったりしていました。年のせいなのか、或いは母親が関節リュウマチだった事と関 係するのか、時々RF(+)だったりするせいなのかは分かりませんが、ひどい時にはタオルが絞れないほどになります。そのような時は、ラケットを振ること が出来ません。でもテニスをする時だけ鎮痛剤を服んでいれば痛みを忘れてしまうという程度で収まっていました。 もうひとつ、私には過敏性腸症(IBS)という持病があって、やはりこの春頃から調子が悪く、ずっと止痢剤、整腸剤を1〜4種類服み続けていました。 IBSは総人口の10数%といわれるくらいで、病気と言うよりは一つの体質といえるのではないかと思います。どちらにしても、ありふれた病気です。そのな かで、私のIBSは下痢型です。下痢型でも、よく下痢をするけれども直ぐに治る人も多いのですが、私の場合は一旦下痢をするとなかなか治りません。何ヶ月 も続くことがあります。止痢剤を服んで止めても、薬をやめると又なります。薬で下痢は止まってもおなかの不快感は続きます。食欲も減退します。若い頃から そうだったので、キノホルムを服みすぎて、SMONになったくらいでした。その為に今でも両下腿の軽い知覚鈍麻が残っています。IBSは、年をとって何年 もの間、忘れるくらい調子よかったのですが、今年の春から又、調子の悪い時の症状が続きました。体重が減って、9月には久しぶりの夏ばてになり、軽い立ち くらみが起こるようになりました。それでもテニスの練習は何とか続けられました。 そのような状態で今年の大会を迎えました。その頃は食べ物も、食養生のためと、食欲がないために制限され、スタミナには全く自信ありませんでしたが、短時間のテニスは、関節痛のための鎮痛剤を服んでいれば、普通に出来ました。 * * * * * * * * * * * * * 大会直前になると、3日間の天気予報は3日とも雨、その上2日目に台風が最も接近するというのです。ああ、これは折角行っても、待機ばかりで試合は出来ずに帰ることになるのではないかと思っていました。 ところが、1日目、16日は昼から男子ダブルスがあったのですが、その日は何とか雨が降らず、2試合が済みました。65歳以上の男子ダブルス(A)で萬谷先生に組んで頂いて、1勝1敗で、翌日に三位決定戦と言うことになりました。 翌17日は朝から今にも雨が降りそうな空で、台風は遠くを通過することになりましたが強風で、時々突風が吹きます。いつ降り出すか分からないと いう状態でしたので、試合は全部4ゲーム先取と決まりました。実際、始まってすぐに雨が降り出しましたが、幸いなことにあまり長くは降らず、中断した試合 が再開されました。 私の試合は午後からとなり、シングルスの1回戦は勝ちましたが、ダブルスの3位決定戦は負けて4位になりました。ずっと待たされた上、強風の中でしかも4ゲーム先取と言うことで、かなり緊張して精神的に疲れましたが、身体的には疲れは殆どありませんでした。 この日、ダブルスペアーの相手、萬谷先生が65歳以上のシングルス(B)で優勝されたので、私も嬉しくて精神的な疲れも吹っ飛ぶ思いでした。萬谷先生の妹さんの前田先生も、女子医師シングルスシニアで、兄妹優勝こそ逃されましたが、堂々の2位に入られました。 この日の夜には高松国際ホテルで、スポーツ予防医学研究会があり、その後全日本医師テニス協会の総会と懇親会が行われたので、出席しました。 3日目は朝から雨の心配はなく天気は段々よくなるとの予報で、残った試合は初めの予定通り6ゲーム先取に戻りました。台風は遠のきましたが強風はあい変わ らずで、ボールの缶やスコア表の紙が飛んできて試合が中断されることが何度かありました。スコアの掲示板はプラスチックで出来ていて、そんなに軽くないの ですが、直してもすぐに風にあおられてひっくり返り、役に立たなくなっていました。 ![]() そのような中で、シングルスの準決勝、決勝と勝って優勝することが出来ました。勿論とても嬉しかったのですが、今回の優勝は初めに書きました通 り幸運が重なっての結果でした。第一に、春先から手の痛みやIBS、その後の夏ばてに悩まされたにもかかわらず、テニスの練習が出来ないほど悪くならな かったことです。この年齢になって、あちこち故障のあるのは当たり前で、何とかテニスを続けられたのは本当に有難いことでした。幸運の第二は、いつもは 10月にある大会が今年は9月中旬と言うことで、夏ばての身体で暑さに負けてしまうのではないかと心配していましたが、悪天候のおかげで暑さはほとんど感 じませんでした。3つめには、今迄はダブルスが2日目、シングルスが3日目に行われることが多く、勝ち続けると試合が混んできて、スタミナ勝負になるので すが、今年は1日目から男子ダブルスが入り、シングルスも2日目からになって、その上高齢のためかエントリー数が少なく、結局、私の場合は3日とも2試合 ずつと言う楽なスケジュールになりました。第4の幸運は、これが最も大きいと思います。幸運などというのはまことに失礼な言い方ですが、第1シード、第2 シードの先生方が棄権なさったことです。申し訳ありませんが、お蔭様で優勝させて頂きました。 * * * * * 私の夏ばては久しぶりでしたが、若い頃には毎年で、ひどい時には体重が10キロ近く減ったこともありました。しかも夏ばてとは言いなが ら、しんどいピークはいつも10月に入ってからでした。今年も10月になってから、テニスをしばらく中断する羽目になりましたが、今は又元気になりまし た。 今年の全国大会の前には、もう七十歳になるのだからシングルスは止めて、ダブルスだけにしようかと思ったこともありました。でも今は、実力通りではなかったにしても優勝したお蔭で、少し欲が出て、出来る間はシングルスもやってみようかな、と思っています。 −了− (平成18年11月18日) ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ |
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<優秀な戦績を残された 大阪からの参加者>
夫婦ダブルス115歳以上 コンソレーション優勝 :奥正之・奥優子
医師ミックス100歳以上 優勝 :原文雄・柴田敦子(栃木)
医師ミックス100歳以上 準優勝 :柴田三千夫(栃木)・原統子
医師ミックス100歳以上 コンソレーション優勝 :大石基夫(三重)・橋本朋子
男子ダブルス80歳以上 優勝 :川島長利・三木勝治
男子ダブルス75歳以上 優勝 :東徹(兵庫)・岡島英五郎
男子ダブルス70歳以上 優勝 :近藤元治・田畑栄造(千葉)
男子ダブルス55歳以上B 準優勝 :梅田信一郎・神原幹司
男子ダブルス50歳以上A 優勝 :山村喜一・堀士雅秀(京都)
男子ダブルス45歳以上、45歳未満 3位 :小西正人・山田修
女子医師ダブルス オープン3位 :橋本朋子・桂木昌子(東京)
女子医師ダブルス オープンコンソレーション優勝 :林節子・前田育子
男子シングルス オープン 3位 :原文雄
男子シングルス 80歳以上 3位 :川島長利
男子シングルス 75歳以上 準優勝 :岡島英五郎
男子シングルス 70歳以上A 優勝 :星野嘉明
男子シングルス 70歳以上A 3位 :近藤元治
男子シングルス 70歳以上A 3位 :東原康雄
男子シングルス 65歳以上B 優勝 :萬谷雅宣
男子シングルス 45歳以上A 3位 :新井栄達
男子シングルス 45歳未満A 2位 :山田修
女子医師シングルス シニア 準優勝 :前田育子
女子医師シングルス オープン 準優勝 :上杉裕子
女子医師シングルス オープン 3位 :橋本朋子
☆今年の全日本の報告は佐賀市の緒方周先生にお願いしました。 学生時代から「九州に緒方周あり」と勇名を馳せ、フラットのタッチは「天才」と称されています。 白石保養院院長、ウインブルドン九州テニスクラブ理事長として公私共 多忙な中、ベテランJOP 大会にも時折参戦しては好成績を残されています。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 第32回全日本医師テニス大会・スポーツ予防医学研究会は平成17年10月8日〜10日まで、 佐賀市の「ウインブルドン九州テニスクラブ」と「ルネッサンスホテル創世」で開催され、
天然芝コートでの約20年ぶりの開催とあって、340名近くの参加がありました。
大会前夜は雨が降っており、グラスコートの使用が危ぶまれましたが、明け方には上がり、 初日8日のスケジュールが全て消化できたのは、まさに奇跡でした。 そこで触れておかなければいけないのが晴れ男、晴れ女の存在です。 男にはあまり興味がありませんので、ここでは晴れ女、失礼!晴れ女性について述べさせていただきます。 我々のテニス仲間に、その人が来ると、台風が来ようとハリケーン?が来ようと絶対に晴れる、 いや、執念で晴らすという人がおります。 今回もその女性に参加していただくのはもちろんの事、1週間前から必ず晴天にしてくれ! とお願いしていました。ところが前日の夜の雨で、抱き続けていた信頼が一瞬、 (本当にちょっとだけですよ!)不信感に変わるのを感じました。 しかし、御存知の通り3日間共、見事な天候に恵まれ、感涙に咽びながら、 その裏では人を信頼し続ける事の難しさを痛感いたしておりました。 |
てるてる姫こと、東京の桂木昌子先生! ありがとう!そして、ごめんなさい。 (2日目からは晴らしすぎ、暑すぎのクレームあり!) 今回は予想を超える参加をいただき、嬉しい反面、こりゃ大変だ!というのが率直な気持ちでした。 大会運営をお願いしておりました、日本女子テニス連盟佐賀県支部の方々と幾度も会議を開いたのですが、 その際、「この人数でこの面数は無理じゃない?」と優しい?口調で御意見をいただきました。 (目は怖かった) さりとて、公営コートは今更取れないし困った、困った、胃が痛い! 平身低頭、「そこを何とかお願いします」、「じゃあ、若い人のシングルスは全て、 砂入り人工芝コートと室内コートにすれば可能ですよ」・・・・・絶句! (ウインブルドンでやる意味がない!)、 「せっかく遠方から芝を楽しみに参加されますので、何とかなりませんでしょうか?」・・・と懇願。 女子連の方も一生懸命考え、工夫し、幾度も幾度もオーダーを作り変える作業を繰り返し、 必ず一度は天然芝コートでプレーできるようなオーダーオブプレーが、やっと完成したのでした。 トーナメントドローを印刷し、プログラムが完成したのが大会9日前、すぐに発送を済ませ、 大会前日、いよいよ明日からスタートだ!と意気込んでいた矢先、エントリーの手違いやら何やらで、 8クラスのオーダー全てのやり直し作業を余儀なくされる事態が発生! しかし女子連の方は不満も言わず、一晩でサッと完璧なオーダーオブプレーを完成させたのです。 すごい!! 私といえば「私はどこ?ここは誰?」の放心状態、 ハッと気付けば、次第に、ふくよかに?なっていく女房を横に、私の体重は3キロ近く減っておりました。 とはいえ、何とか初日を迎える事が出来、前述しましたように、初日の試合は幸運にも、 全て天然芝コートで消化する事が出来ました。 |
今回、表彰式は試合終了後、直ちにコートサイド中庭の特設ステージ (緑の芝の上に赤い絨毯を敷き)で行いました。 福岡の隈 博政先生から、「手作り」の表彰式をやろうという提案があり、 水俣の深水 良先生(テナーサックス)、深水 陽子先生(アルトサックス)、 福岡の塩飽 徳行先生(クラリネット)、と私(アダルト?サックス)の5人のメンバーで、 表彰式定番ナンバーの得賞歌を演奏しましたが、これがまた大変。 誰かが試合に入っているため、メンバーがなかなか揃わず、 隈先生が1人で何回も吹きまくる(ソプラノサックス担当)事態になり、 最後は酸欠でフラフラの状態になっていました。 会場内に散らばっているメンバー達も「ただいまより表彰式を・・・・」というアナウンスが 流れるやいなや、猛ダッシュで特設ステージまで駆けつけ、息を切らしながら演奏するというのを 繰り返したため、最後はへとへとに疲れきっておりました。 隈先生曰く、「僕ら、消防団員みたいだね。大変さがよくわかるよ」。 受賞者の方からは、「最初はチャルメラみたいだったが、段々と聞けるようになったよ。 後から表彰された方が良かったな〜。」とお褒め?のお言葉をいただき、 疲れもいくらか軽快いたしました。 しかしながら、騒音を聞かされ続け、ダブルフォールト・フレームショット・騒音性難聴・頭痛・ めまい・不眠・体調不良等の副作用を覚えられた試合中の選手の方々には、心よりお詫び申し上げます。 大会会長の西村 謙一先生におかれましては、テニスには参加されておりませんでしたが、 3日間全ての表彰式で、賞品授与をしていただき本当に有難うございました。 大会初日と2日目のみ、クラブ敷地内の憩いの木陰・桜楓林(おうふうりん)において、 お抹茶のサービスを行いました。これはウインブルドン九州のメンバーと、そのお友達の方々による ボランティアでありました。忙中閑あり。激しい試合の合間の一服の清涼剤になりましたでしょうか? また、クラブハウス内の各テーブルに、たくさんの美味しいバナナが置いてありましたが、 すべて北九州の福井 恭一先生から御寄贈頂いたものでした。本当に有難うございました。 2日目のスポーツ予防医学研究会では、前九州大学総長の杉岡洋一先生の 『運動器の10年―世界運動の目指すもの』との特別講演を頂き、運動器が健全であることが、 いかに重要であるかを再認識された方も多かったのではと思います。 |
懇親会も表彰式同様,「手作り」をコンセプトに構成しました。 ただ、バンド演奏は数ヶ月前から計画していたのですが、珍漫談は、本当は 披露するつもりはなかったのです。 大会4日程前に突然、大阪の上月 清司先生からメールが届き、 「懇親会で、やす・きよ漫才やるさかい用意しとってや わては高い蝶ネクタイも買っとんのや 適当にしゃべるさかい突っ込んでや」。 懇親会という高尚な場で、やす・きよ漫談をやるのは 気が引けましたが、大先輩の御要望とあらばお断りするわけには参りません。 開き直ってやりましたがな!にわか関西弁を駆使して、女房、子供家族全員のおる前で! 普段は言語不明瞭、意味不明な上月先生も饒舌に頑張ったがな! しんどかった〜 |
いよいよバンドのデビューステージ。バンド名は & So On(騒音?)。 昼間の消防楽団のメンバーに加え、佐賀の頴原 嗣尚先生(クラリネット)、 大阪の梅田 信一郎先生(フルート)、福岡の富永 浩平先生(ベース)の総勢8名のビッグ?リ、バンド。 頴原先生と梅田先生以外は、楽器を始めてまだ一年にも未たず、不安と緊張の連続。 聴衆の皆さんの寛大さと慈悲の心に支えられながら、最後は皆さんのダンスする姿で、 フロアがいっぱいになり、感無量の演奏会でした。 懇親会場のワインコーナーには福岡の富田 春英先生はじめ、多くの方々から頂いたワインも 並べられ、皆さんの喉を潤しておりました。 迎えた最終日も晴天で、全てのクラスで、最後まで試合を消化する事が出来ました。 あらためて、レフェリーはじめ、日本女子テニス連盟佐賀県支部の方々の手際のよさに感服し、 感謝致しております。 |
それと、この季節は、コートに朝露が降りて芝を濡らし、滑って危ないので、 すぐにはプレー出来ません。朝9時半に試合をスタートさせるために、ウインブルドン九州テニスクラブ のスタッフ達は、毎朝6時前に出勤し、16面の芝コートの露払いを、全員必死で行っていた事を心に 留めていただければ幸いです。 ご参加の方から「来年もやってほしいわ」という御要望の声を、たくさん頂きましたが・・・・ はっきり言って無理です!体がもちません! 次回はおよそ20年後に担当が回ってくると思いますが、その時、生存しており、 意欲があればやりたいと考えています。 御参加、本当に有難うございました。それでは緑の芝の絨毯で、またお会いしましょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
ウインブルドン九州常務・支配人の緒方うらら氏より「グラスホッパー・全国ジュニアテニスin佐賀」大会の説明と寄付の呼びかけがありま した。総務、文部科学両省が。小、中、高校生のスポーツの全国大会を競技ごとに、特定の地域で継続して開き、開催地を「聖地」とすることで地域の活性化を 目指す「スポーツ拠点作り事業」です。テニスでは唯一佐賀のウインブルドン九州での大会が選ばれ、「夢はウインブルドンへ」をテーマに13歳以下のこども 達が全国から出場します。回された箱には皆のテニスへの思いが込められ、多額の寄付が集まったそうです。 |
9月になっても大阪は記録的な真夏日が続いておりましたが、最高気温が24℃という テニスをするには絶好のコンディションの北海道・札幌で9月18日から20日の3日間、全日本医師 テニス北海道大会が開催されました。
このイベントのニュースを私のような いい加減な素人テニスプレーヤーが書いても良いのかなと 思いましたが、ご依頼を受けましたので私の自己紹介を兼ねてご報告します。 私のテニスは32歳を過ぎてから、夫婦で始めたいわゆる中年テニスです。 テニスの試合にはほとんど出場したことが無く、ファミリーテニスのみをしておりましたが、 開業して15年ぐらいになると少し時間的にゆとりが出来てきましたので、約10年前頃から大阪府医師 テニス大会の夫婦ミックスに時々参加するようになりました。この世界医師テニス大会には平成13年の 世界大会を兼ねた福岡での大会に初参加しました。それも別の学会の帰り道、冷やかし半分の気持ちで、 ミックスのみのエントリーでした。勝てば次の試合から即デホしなければなりませんでしたが、 その心配は勿論、全く不要でした。二回戦で負けたポーランドのDr.夫妻からクリスタルの記念品を もらったり、懇親会で外国の人と話が出来たり、楽しい思い出が残っております。以来、同じテニスを するなら、この大会に参加することを目標に練習するようになりました。エントリー種目も福岡では ミックス1種目でしたが、翌年の29回京都大会では初めて55歳以上シングルスBにエントリーし、緊張の 上にも緊張したのを覚えております。今年の北海道大会では、私にテニスを勧めてくれた大学時代は バリバリのテニス部のH先生よりダブルスのお誘いを受け、ついに3種目エントリーすることになりました。 そもそも私達夫婦はテニス大会に出場するというだけでなく、その地方の美味しいものを食べて観光も するという、多重目的で参加しております。今回もレンタカーを借りて、前日には登別温泉に宿泊し、 札幌では“すし善”で美味しい寿司をつまみ、最終日はシングル1回戦負けの疲れを癒すべく、 千歳近くのひなびた、お湯の色が醤油のような竹山温泉に入って帰ってくるというスケジュールいっぱいの 旅行でした。 全日本医師テニス大会にはいつも夫婦二人で参加していますが、妻は夫婦ダブルスのみの 出場で、あとはぶらぶらして友達作りをしています。今回は札幌のY先生の奥様と親しくなり、手作りの イクラの醤油漬けを送ってもらう事になりました。又、前回の埼玉大会で知り合った新潟のA先生の 奥様は大阪出身でテニスはされずに、大阪弁で妻とのおしゃべりを楽しみに来られ、今回も二人で スタンドで話し込んでおりました。この大会に真剣に取り組んでおられる先生方には申し訳ありません が、アフターゲームを楽しみに参加している夫婦です。 ところで、私の今回の成績は、夫婦ダブルスは2回戦で準優勝の酒井先生ペアに完敗、 ダブルスはペアのH先生が医師会の業務が忙しくほとんど練習していないということでBクラスに エントリーし、優勝させていただきました。最終日のシングルスは前回の埼玉大会でBクラスに 優勝させていただきましたので今回はAクラスにエントリーしましたが、緊張で腕がちぢかみ、 一回戦で4−6で負けてしまいました。来年は何とか2回戦は突破したく、練習してがんばるつもりです。 |
この全日本医師テニス大会はいつも立派な懇親会が持たれますが、今回の講演は三浦雄一郎氏 が「高齢者でも挑戦する精神を持てば夢がかなう」“Old Boys be ambitious !”というタイトルで、 70歳でエベレスト山に登頂し、登頂最高年齢記録を作られた苦労話を楽しく話されました。高齢者も たくさん参加されておられるこの大会にはぴったりの講演で私も感動して聞き入っておりました。 私も身体をいたわり、がんばってこの大会に80歳まで参加するつもりです。皆様よろしくお願い いたします。 |
<第31回全日本医師テニス北海道大会>
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平成15年11月1日?3日埼玉県さいたま市において第30回全日本医師テニス大会が開催されました。 私は全国大会参加3回目ですが、回を重ねる毎に、テニスの楽しさもさることながら、
年に一度この大会でのみお会いできる、医師テニス愛好家との交流の虜となってきています。 11月にしては暑いくらいの好天の初日と二日目、雨が降ったりやんだりの最終日、
みなさん汗と雨に濡れながら熱戦が繰り広げられました。 本大会は、会場が天沼コートと大宮コートの2カ所に分かれていました。 私は3日連続で天沼コートで試合をしたので、同会場でのミックスと女医、男性シニア、
奥様の試合しか見られませんでした。ここに熱戦の一部をご紹介します。 <第1日目> 土曜日の午後からの試合ということで、朝早くからそれぞれ出発して集まりました。 今日は医師ミックスダブルスと、夫婦ダブルスです。 医師ミックスは今年度から始まったもので、医師夫婦のかたがたは、医師ミックスに出るか、 夫婦ダブルスに出るか、とても迷われたのではないでしょうか? 何しろ全日本の夫婦ダブルスは、奥様方のレベルの高さゆえ(??)に毎年激戦です。 他方、医師ミックスはその点予想のつかないおもしろさ?があります。実際、にわか仕立てのペアで、 お互い励まし合い、かばいあいながらなかなか涙ぐましい試合運びが目立ちました。 夫婦ダブルスはすっかり板に付いたペアリングも麗しく、愛に裏打ちされたテニス!の感がありました。 今大会は医師ミックスへのエントリーが少なかったので、是非来年度からは皆様参加を考えてください。 ペアが見つからない先生も大丈夫!全日本の主催者が紹介してくれますよ。大阪府医師テニス協会が 何とかしてくれることもあるので声をかけてみてください。 ちなみに私は兵庫の向原先生を紹介していただいて、医師ミックス100歳未満で優勝させていただきました。あーいい思いさせてもらった! 大阪からは原ご夫妻が医師ミックス100歳未満コンソレ優勝(本戦5−6で落としてくやし涙出てたとか)、 奥ご夫妻は夫婦ダブルス115歳以上のコンソレ準優勝を果たされました。 ミックスダブルスはなかなか難しいですが、男ダブ、女ダブとは全く違うときめきを感じることが できたりするので(!)、みなさんミックスにも積極的に参加しましょう。 <第2日目> 昨日優勝してすっかりいい気分の私、今日は女医ダブルスです。 天沼会場も大宮会場も今日は年齢別、あるいはチャンピオンクラス、女医、奥様、のダブルスの日、 みなさんメインと考えられている日ですよね。 朝、会場で耳にしたシニアの先生方の会話.「先生今日はお手柔らかに願います。」 「こちらこそ、なにせ年とるにつれ、足腰弱ってへっぴり腰テニスですからな。」 「いやいや先生朝から公園の周り走っておられましたな、なかなか気合い入っておられる様子。」 「そういう先生こそ昔ながらの素振りのスタイル、決ってますな・・・。」 あーもう既に牽制球の投げ合いに入ってるわ・・・。みなさん負けん気強そう。 そういう気力がある人達だからこそ、シニアになっても遠いところまで試合しにこられるんだなあ、 こういうやる気、負けん気、私も持ち続けたい・・・。 女医でテニスをする人はそこそこいても、仕事と家庭をやりくりして遠征に出られるのは やはり子育て一段落してからのこととなるのが普通です。昨年度は私が最年少、「若さで勝ったね、」 とかいわれたのに、今年は何と若い先生たくさん!!時代は変わりつつあるか?! でもいいことですよね。仕事もがんばり、時にはテニスで遠征してリフレッシュ、先輩の経験談も おもしろおかしく聞けるし。こちらも全くスタイルの違うトップスピンテニス(我々クラブに入った頃は まだラケットもウッドだったし、サーフェスもずっと小さかったし、ラケットぶんぶん振り回すテニスなんて 知らなかった・・・)に刺激を受けて、練習でぶんぶんやったりして。これからも若い先生の参加を期待します。 女医ダブルスオープンでは大阪勢を代表して第1シードで出場した、原・橋本組でしたが、 すみません、東京の若者に初戦敗退。コンソレーションに回ってしまいました。若さ、元気さで負けた とは決して認めたくないので、来年度は絶対勝ちます。いつも若々しく、ねばり強い林・前田組も、 東京代表の若いペアに(またまたこれも若さで??)破れ、原・橋本組とコンソレ決勝。 大阪勢同士でコンソレ決勝戦しててどうすんねん!来年はもっと大阪のおばさん根性を見習って、 “打倒関東の若者!”で行きましょう。コンソレ優勝にあまんじへんで! 女医ダブルスには最年長、虫明先生(東京)83歳が、お嬢さんと組んで出場されました。 さすがにあまり走られませんが、終わった後で、「もう少し練習したら、私も上手になりますからね、 又お願いいたします。」と、おっしゃって、みんなで感動しました。やっぱり気力がすごい! 私も83歳まで後40年テニスができるように、体を大事に鍛えよう、と思いました。 女医シニアのダブルスもねばり強いラリーの激戦が繰りひろげられ、そのお隣では奥様ダブルスが ハイレベルの火花を散らしました。60歳以上男性シニアの先生方はきっと女性の熱いパワーを コートで感じておられたのではないでしょうか?牽制球投げ合いの前哨戦、本戦の成果はいかに? どなたもけがなく、救急蘇生を必要とされることもなく(麻酔科医としては、いつか呼ばれたりして、 と密かに危惧していたのですが・・・)テニスを楽しまれて、本当に良かったです。 大宮公園のコートでは年齢無差別のチャンピオンクラスと60歳未満の男子年齢別ダブルスが 行われたのですが、残念ながら私は見ることができませんでした。大阪勢では岩井・黒岩(埼玉)組が 50歳以上Bクラスでコンソレーション準優勝、谷・新井組が45歳以上Bクラスで優勝、 我らが大阪のエース原・向原(兵庫)組は予想通りチャンピオンクラス優勝されました。 みなさんお疲れさまでした。 その夜は、皆様お楽しみ懇親会。表彰のある先生方はにこにこと、ない先生方はこれ又にやにやと、 集まったものの・・・。挨拶が延々長かった!あ〜!!のどをからからにしてビールの一杯目を 楽しみに楽しみにしていた私は、空腹も手伝って気が遠くなりそうでした。ようやく乾杯となって のどを潤し、空腹にアルコールですっかり酔いも早回りのみなさん、お互いに今日のダブルスの成績を ほめあったりけなしあったり、もう来年の試合に向けて牽制かけるやら、ダブルスのペアの交渉に はいるやら、さすがに口も手もよく動きます。医師同士でも、学会場で名刺を交換して挨拶するのと 違い、既になめらかになった口で、初対面の先生ともテニス談義ですぐに親しくお話しできる。 この雰囲気はテニス大会懇親会ならではのものです。実は大病院の院長先生だったりするのに、 知らないものだから平気で隣席の先生に、「先生今日いかがでした、」 「いやあ足もつれてこけちゃってさ、」「あら先生筋トレ不足ですよ、60歳すぎても筋トレしたら 筋肉つきますよ、」なんて偉そうにムンテラしてたりして。後で「あいつ誰だ?」とか 聞かれているかも・・・(赤面)。表彰台にあがって、メダルを順番にもらわれるみなさんの笑顔を 見ていると、それこそ学会で講演したり功労表彰される時よりずっとうれしそうで無邪気に にこにこしておられて、いい感じでした。二次会、三次会の盛り上がりは・・いかがでしたでしょうか? 最終日シングルスに出られる先生は飲み過ぎないでくださいね。 <第3日目> 朝から霧雨がしとしと。心配されたお天気ですが、何とか試合は進行しました。 天沼コートでは男性シニアと女医のシングルスです。シニアの先生方、足下注意。 女医オープンのクラスでは大阪からは原先生と私が出ましたが、今年は本当にシングルスも 接戦熱戦が多かった。みなさん忙しいのに体力もあるし根性もやっぱりさすが。ちなみに私橋本は 何とか決勝には残ったのですが、帰りの新幹線に時間が間に合わなくなり途中で早引きの棄権。 ごめんなさい。相手は東京の28歳上原先生、最後までやっても勝てなかったやろけど・・・。 大宮のコートでは二日目と同様にチャンピオンと60歳未満男子年齢別シングルスが行われました。 大阪勢では原文雄先生チャンピオンクラス優勝・二連覇、奥先生60歳以上Bクラス優勝、 岩井先生50歳以上Bクラス優勝、新井先生45歳以上Bクラス優勝、シングルス強いなあ。 みなさんお仕事も忙しいし、シングルスの練習をする機会はなかなか無いと思うのですが、 全日本医師を目標にシングルスを練習するのも大事なことかもしれませんね。トレーニングしんどい、 と言っていないで、がんばってコートを走りまわろうっと。 こうして楽しく夢のような3日間は終わりました。帰り道ではまだまだ興奮が残っていて、 疲れも感じなかったのに、翌日から仕事に戻って、あれあれやっぱり結構疲れてるかな。 でも精神的には十分リフレッシュできて、新たなやる気が仕事にもテニスにもわいてきました。 埼玉医師会テニス協会の先生方、運営を手伝ってくださった埼玉テニス協会のみなさん、 本当にありがとうございました。大阪府医師会の先生方、来年は札幌です。大勢で行きましょう! 平成15年12月15日 記 |
皆さんがテニスをお続けになる理由はなんでしょうか?
健康によい。面白いから。なんとかしてあいつに勝ちたいから。スクールには妙齢の女性も大勢来るから。そう、動機は不純でもなんでも結構です。今のままで、あるいはもっとハイペースでも良いですね、是非テニスをお続けになって下さい。 そしてもし、まだ全日本医師テニス大会にご出場でなければ、その機会は毎年あります。お気軽にご参加下さい。 「いやー、私なんかとても そんなレベルではー」と腰を引かれることは全くありません。もちろんハイレベルの戦いもありますが、それなりのレベルのクラスで充分に戦えます。それどこ ろか、少しの技術と体力と気力、そしてその日の運勢でもって、「全日本」のタイトルをものすることも夢ではありません。毎年のドローに、優勝者一覧として 堂々の名前が残るのです。 なぜなら各クラスは5歳きざみの年齢別、A・Bクラス別に細かく分かれておりまして、少ないところなら3回も勝てば優勝、いや2回で優勝ということもあ るからですね。しかしどんな状況でも、優勝するということは、それはそれで大変なことでもありますが。 そしてまた勝敗から離れても、全日本医師は楽しく有意義な大会なのです。前夜祭などでつい話がはずんで、調子に乗って冗談、軽口、悪口を言って しまった相手が、高名な大学教授だと後で知ったりすると、まったく胸がすく思いですね。テニスという共通の話題があるので、すぐに和気藹々の雰囲気が醸し 出されるのです。 また試合に行きますといつも思うことですが、帰ったらもっと本気で練習しよう、インドアばかりではなしに外のコートでもどんどんやろう、走りこまない と、筋トレもしよう、なにより禁煙をしよう、といった具合でいっぱい課題を抱えて帰って参ります。それはそれで次の試合へのモチベーションとして充分に生 きてくるのです。参加費が少し高いのが難点かも知れませんが、その値打ちは充分にあると思いますので、是非ご参加下さい。 今年は開催地が京都で近かったこともあり、大阪からは大勢の先生方が参加され、優秀な戦績が数多く残りました。中でも特筆すべきは原文雄先生のご活躍で した。全日本医師での実質上の最強者を決めるチャンピオンクラスで、原選手はシングルス、ダブルスいずれも優勝、同じく大阪の森琢児選手はいずれもちょっ と涙を飲んでの惜敗準優勝でした。また女子オープンクラスでも、橋本朋子選手はシングルス優勝、ダブルス準優勝の素晴らしい成績をあげられ、「男女ともに ハイレベルの大阪府」を日本各地から集まった先生方に認識してもらえた訳ですから、嬉しい限りです。府医テニス連盟の牽引車として今後も皆様に頑張って頂 きたいと思います。 |